>  2007/01/10 (水) 22:16:58        [qwerty]
> > 司馬炎は、女色にふけったことでも知られる。
> > 統一以前の泰始9年(273年)7月には、詔勅をもって、女子の婚姻を一旦禁止し、
> > その中から、自分の後宮に入れるための女子を五千人選んだ。
> > さらに、呉を滅ぼした後の太康2年(281年)3月には、呉の皇帝であった孫皓の後宮の女性五千人を自らの後宮に入れた。
> > 一万人もの宮女を収容した広大な宮殿を司馬炎は夜な夜な羊に引かせた車に乗って回った。
> > この羊の車が止まったところの女性のもとで、一夜をともにするのである。
> > そこで、宮女たちは自分のところに皇帝を来させようと、自室の前に竹の葉を挿しておき、塩を盛っておいた。
> > 羊が竹の葉を食べ、塩をなめるために止まるからである。
> > この塩を盛るという故事が、日本の料理店などで盛り塩をするようになった起源とも言われている。
> > 知らなかった(;´Д`)塩巻きってセクスしてくださいって言ってるようなもんなのな
> 日本で店先に塩を盛るのは
> 平安時代の牛車の牛に対してだった気がした
> でもおおもとはそれなのかもしれないな(;´Д`)

普通に考えれば清めの塩だろ
全然詳しくないが、平安朝という都自体が風水に基づいてるのだから、
民家にもそういう風習が伝わっていてもおかしくない

参考:2007/01/10(水)22時13分30秒