2007/01/13 (土) 21:48:30 ◆ ▼ ◇ [qwerty] 実はここにもう一つ重要な要素があります。それは、アメリカの職場における職務,
内容記述書(ジョブ・ディスクリプション)の存在です。その人は仕事として何をす,
ればいいのか、誰の支持を仰げばいいのかということが文書化されたもので、採用の,
時点でも、毎年の年俸改訂の際にも、昇格や異動の際にも必ず見直して合意の上、本,
人がサインしなくてはなりません。,
このジョブ・ディスクリプションが非常に厳格に運営されている、それがアメリカ,
の労働事情の背景にあるのです。厳格というのは正確に言うと「書いてあることはし,
なくてはならない」が「書いていないことはしてはならない」のです。特に「自分の,
職務として書いていないことで、他人の職務であることを勝手にやってはいけない」,
のです。,
つまり、職務内容が似通っている同僚の仕事を勝手に「カバー」するのは御法度な,
のです。日本からアメリカの企業(ないし日本企業の現地法人)に行くと、この点で,
非常に戸惑う人が多いのですが、「ジョブ・ディスクリプション」に書いていないこ,
とを命令することは基本的には難しいのです。例えば、秘書に仕事を頼もうと思った,
ら、出張の手配とか、ビジネスレターの清書などという項目を全て洗い出して、具体,
的に書いておかねばならないのです。,
上司は部下に対して「ジョブ・ディスクリプション」に書いていないことを命令す,
るのは、どうして難しいのかというと、まず「約束していない成果は評価のしようが,
ない」という思想があり、そして「自分の職務範囲の以外のことを行うというのは、,
他人の職務を侵すことになる」という発想があるからです。,
極端な例ですが、アメリカの学校では子供による掃除当番はありません。このこと,
について「どうして?」という子供の問いかけに対して大人達は「生徒が掃除をして,
しまうと、掃除をする人の仕事がなくなってしまうから」という答え方をします。そ,
して子供はそれに納得してしまう中で、知らず知らずのうちに「他人の職務を侵すな」,
という感覚を身につけていきます。,
更に言えば、こうした厳格な職務内容は、各人のキャリアに深く結びついています。,
日本でよく言う「ゼネラリスト」という名の「何でも一通り経験した人材」などとい,
うものはなく、マーケティングならマーケティングの、そしてその中でも数値分析を,
中心とした戦略家なのか、あるいは消費者向けのキャンペーンやメディア戦略が得意,
なのか、あるいは商品開発の中でマーケティングを行うアプローチなのか、そうした,
専門性が問われていくのです。,
その専門性は職歴だけでなく、学歴にも関係してきます。ですから日本では良くあ,
る「大学は文学部だが、数字が得意そうだから経理」であるとか「理系だがセンスが,
良いのでクリエイティブ」というような人事は絶対にあり得ません。そのような専門,
性が学歴職歴という事実によってサポートされている中で、労働市場における人材の,
価値が生まれ、人は職を得ていくのです。,
アメリカの雇用制度は、そのような専門性と、そして「エグゼンプト」の場合は裁,
量性ということが実際に機能していて、その延長で「残業のつかない管理職、専門職」,
が存在しているのです。そうした全体像を無視して「アメリカではホワイトカラー・,
エグゼンプションが機能している」というカタカナの報告書で世論を煙に巻くという,
のは、厚生労働省にしても日本経団連にしても不誠実だと思います。,