> 2007/01/31 (水) 17:05:47 ◆ ▼ ◇ [qwerty]> おジャ魔女はじまったよ
「どれみの最終回あたりもそうだからね」
彼は言って、そして首を傾げた。自分で口にした言葉なのにその意味が解ら
ない。
どれみというアニメのことは知っている。彼も見ていた。だが今話題にして
いたのはアニメではなく、何故どれみを、それも最終回を持ち出したのかが解
らない。「どれみの最終回」と言った瞬間、自分が何を考えていたのかがわか
らない。
彼は周囲の顔に答えを求めた。しかし彼のおかしな言葉に注意を向けた者は
誰もおらず、皆笑って全く違う話題に興じている。自分の話など誰も聞いてい
ないのだろうかと思うと悲しくもあったが、突然意味不明のことを言い出すキ
チガイであると思われなかっただけ幸運である。彼はそう考えて内心胸を撫で,
下ろした。
相変わらず「どれみの最終回」がなにを意味するのかは解らないのだが。
その日、彼はどれみのことばかりを考えて過ごした。「どれみの最終回」が
頭から離れなかった。毎週見ていたとはいえ、もう何年も前に放映の終わった
アニメであり、最終回のことは全く思い出せない。どれみについて考えること
自体数年ぶりなのだ。考えても考えても成果はなく、頭の隅に生じたもやもや
とした領域は消えることがなかった。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回……」
帰路に着いた彼はそうつぶやきながら歩いていた。既に思考が頭蓋の内に留
まらなくなっていた。「どれみの最終回」のことが知りたい。自分が何故突然
この言葉に囚われるようになってしまったのか、その理由が知りたい。知りた
くてたまらない。それを知らなければ自分はもうお終いだ。「どれみの最終回」
なくして世界はない。
もはや彼の見るもの全てに形のない「どれみの最終回」の影がついてまわっ
た。世界は「どれみの最終回」だった。
帰宅した彼は焼いたまま放置してある山のようなCD-ROMを漁り始めた。その
どこかに録画した「どれみの最終回」があるはずなのだ。
求めるものは拍子抜けする程あっさりと見つかった。それは彼が手に取った、
まだ四枚目のCDRの中にあった。
彼は震える手で動画ファイル「どれみ(最終回).avi」をダブルクリックする。
メディアプレイヤーが起動し……しかしディスプレイに現れたのは記憶にある
アニメ絵ではなかった。
そこに映っていたのはよれよれの画用紙だった。マジックで「ときめきどれ
みちゃん」と手書きされている。すぐに画用紙は消え、今度は貧相な小太りの
男が映る。
「どれみちゃんの最終回です」
男はそう言った。舌が動くたびににちゃにちゃと不快な音がした。
男は聞き取れない小さな声で何事かつぶやくと神に供物を捧げるかのように
右手を差し出した。その手にあるのは電動ドリルだった。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
マントラのように男は唱える。ドリルが耳障りな音を立てて回転し始める。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
男はドリルの先端を膨れた自分の腹に向けた。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
彼は自分が画面の男と唱和しているのに気がついた。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
男ゆっくりとドリルを腹に突きたてた。水っぽい回転音がしたかと思うと鮮
血が画面中に溢れ出した。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
それでも男の詠唱は止まらない。彼もしぜん大きな声で繰り返した。
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終回」
「どれみの最終回どれみの最終回どれみの最終」
不意にぶつりと音を立ててディスプレイが暗転した。それにともなってドリ
ルの音も祈祷の声も消える。太った男の声も、彼の声も。
まるでもとよりそうであったかのように沈黙がその場を支配していた。
彼の捜索願が警察に提出されたのは一週間後のことだった。
参考:2007/01/31(水)17時00分30秒