2005/05/22 (日) 00:52:48 ◆ ▼ ◇ [qwerty]今よりもずっとずっと昔、ひとが神様みたいな力を持ってたころの街。もう
そこには誰もいないけど、石や鉄で造られた建物だけが朽ち果てることなく残
っていた。村の大人たちは危ないから行ってはダメだと言うけれど、それでも、
あるいはそれゆえに、そこは少年の恰好の遊び場だった。先の折れた大きな塔
は少年の秘密基地で、少年はなんに使っていたのか見当もつかない遺跡を拾っ
てきてはそこに並べていた。
その日も少年は塔の片隅で獣の皮の上に座り込んで、戦利品をあれこれ眺め
ては並べ、時には壁に向かって投げつけたりしていた。
日にかざすとキラキラ光る円盤をいくつか投げて遊んだ後、少年は次なる獲
物を手に取った。円盤はなんのためのものかわからない少年でも、今手にある
それが何の用途に使われていたかはさすがにわかった。片手で握れる片方の塞
がった筒状のもの。どう見ても水を入れるためのものだ。
「ちぇっ、つまんねーの」
少年が放り投げようとしたとき
「……ヤメテクダサイ」
塔の入り口のほうから弱々しい声がした。
少年は驚いて入り口のほうに顔を向け、そしてさらに驚いた。そこに立つも
のは少年とは、いや、少年が知るどんな生き物とも違う形をしていたのだ。
「ダイジナモノナノデス、カエシテクダサイ……」
丸くのっぺりとした体から蔦のような手足をはやしているそれは、そう言っ
てよろよろと少年のほうに近づいてきた。天辺にあるキノコのような突起物が
ぷるぷると震えていた。
少年は不思議と恐怖を感じなかった。それが明らかに弱っていたせいもあっ
たが、それ以上に自分に危害を加えるような存在だとは思えなかったのだ。
「……悪かったよ」
少年がそう言って古代の器を差し出すと、その生き物はほうっと息を吐いて
蔦の一本でそれを受け取った。
「ねえ、ひょとしてあんたって昔の人間なの?」
そのまま無言で帰ろうとする生き物を少年は呼び止めた。古代人の街を遊び
場とする少年は、好奇心に満ち溢れていた。
「ソウダッタラヨカッタノカモシレマセン……」
生き物は、目と思わしき部分を悲しげに瞬かせた。
「ソウデアッタラ、ワタシモコンナオモイヲスルコトナク、ミナサントイッシ
ョニ……」
少年の見てる前でその生き物はぺたりと座りこむ。少年にはそいつの正体は
わからなかったけれども、どんな気持ちなのかは想像できた。流行病で家族を
失くした村の男にだぶって見えたのだ。
「じゃああんたここで一人で暮らしてんの?」
少年の質問に生き物は無言で答える。なんだかこいつほっとけねーな。そん
な思いが、少年の心の中に芽生えていた。
「じゃあさ、俺の村に来ない?ちょうどゲムの葉の収穫で人手が足りねーんだ」
「ゲムノハ……?」
「そ。それでお湯に味つけて飲むんだ。俺は渋くてあんまり好きじゃないけど」
生き物は考え込むように二本の蔦を絡めた後、すくっと立ち上がった。
「ワカリマシタ。ワタシモ、マダヤレルコトガアルカモシレマセン」
「よし、じゃあ早速行こうぜ!」
少年は生き物の手をとって歩き出す。少しよろめきながら生き物が後に続いた。
「そうだ、あんた名前は?」
歩きながら少年が訊く。
「ワタシハ、ワタシノナマエハ……」
滅んだ街を一陣の風が吹き抜け生き物の突起物を揺らした。