> > 1976年,造船所の溶接仕事の合間に見た「ヤングおー!おー!」 > > (毎日放送制作・TBS系)の明石家さんまを見て、「この人になろう!」と決意する。 > > この頃父親が病弱であったため、兄に「親父が生きているうちはやめてくれ」と吉本入りを反対される。 > > 翌年の1977年に無謀にも吉本入りを志願し大阪へ向かった。 > > 面接の時、 吉本の面接官から「何ができる?」と問われ「溶接です」と答えた。 > > (このことから、初めて吉本から与えられた仕事が溶接の仕事だった。) > > 初の舞台でどじょうを一匹丸ごと飲み込んで、客が引いているときに笑っていたのが明石家さんまだったという。 > > > > このときもその笑い方だったのかな(;´Д`)つかすごい因果だ > ヤングオーオー懐かしいな > 昔よく観てたよ > 当時さんまはSOSっていう三枝アンド大阪スペシャルってのに入っててな > そりゃあ凄い面白い番組だったのよ 小染(ノД`、) 参考:2007/03/24(土)01時58分07秒