> > まず師匠か友達を作ろうぜ > ところが弟子を殺されて怒る師匠の肥しにされてな 物語の基本はA地点からB地点まで何かを取りに行く「西天取経」だ と確か夢枕獏が描いてたんだけど そこに動機が絡んでくると時代に象徴的だと思う 昔の功夫映画って大体復讐という具体的な目的を持ってた これはまだ日本が貧しかった頃のエンタテインメントと同じだと思う 今巷に溢れる漫画とかを見るに付け「海賊王になる」とか 言葉では具体性があるように見えるんだけど実は非常に抽象的な 動機付けに変化してるんだけど 物質的に豊かな経済大国である日本に生きてる俺達には むしろそっちの方にリアリティを感じるんだよね 「○○島に行って宝を見つける」みたいのよりは 最近チョウ・シンチーの映画観てたら 「少林拳の社会普及」「世界平和のため」「力があるから」 とか凄い抽象的な理由で功夫映画が作られてて 香港も豊かになってきたのかな?と思ったよ 参考:2007/06/08(金)09時38分55秒