>  2007/09/03 (月) 16:38:18        [qwerty]
> > まあそれは比喩だよ(;´Д`)映画的な話
> > ラストシーン判定を読み上げずにエイドリアンの元に駆け寄ったのが
> > ロッキーという映画の一番良いところであって
> > あの後の物語を作るという事自体が蛇足だよ
> > 丁度ロッキーが作られたのってアメリカンニューシネマ全盛期の少し後で
> > ロッキーも元々はアメリカンニューシネマの流れを汲んでるんだけど
> > 最後ああいう形でハッピーエンドにするのはアメリカンニューシネマとは
> > 全く逆の価値観だと思う
> > そこがロッキーの見所であり評価された部分であったわけで
> > エイドリアンの愛以外をテーマにするというのは違うと思うんだ
> テーマは愛じゃなくて誰でもチャンスを物にすることができるというアメリカンドリームだと思う(;´Д`)

それは映画内でアポロが提示した要はメタテーマでしょ
…いや
正確には最初はそうだったのかも
「ロッキー」って「長距離ランナーの孤独」の影響が強くて
草案では最後ロッキーがKOされてエイドリアンと
二人寂しく通路に寄り掛かってるシーン科なんかで終わる予定だったらしいけど
それをわざわざ今の形に撮り直したんだよ
「長距離ランナーの孤独」はアメリカンニューシネマ的な価値観のラストだったけど
ロッキーはアンチアメリカンニューシネマ的なラストにわざわざ撮り直したんだよ
だからちょっとちくはぐな編集に見えるんだけど
最後の最後で根幹的な価値観を全てぐっとエイドリアンとの愛に持っていったと俺は思ってるよ

むしろそういうアメリカンドリーム的なものってアポロのモデルになったアリが
キンシャサの奇跡と呼ばれるジョージ・フォアマンとの一戦でやった事で
アポロが挑戦者が居ないと困ってるときに無名ボクサーにチャンスをやろうと言いだしたのは
アポロのモデルであるアリがやりそうというかやったら面白そうな事だね,

参考:2007/09/03(月)16時29分17秒