> > 鎌倉時代の中頃、御所勤めの公家藤原采女亮(うねめのすけ)は宝刀紛失の > > 責任をとって、職を辞し、下関に移り住みました。采女亮は新羅(しらぎ) > > 人から髪結い技術を学び、結髪所を開きましたが、店の床の間には采女亮が > > 敬う天皇をまつる祭壇があったため、この店のことを床屋(とこや)という > > ようになり、以来「床屋(とこや)」という言葉は、下関で生まれ全国に広 > > まったといわれています。 > 床の間の床じゃん(;´Д`) それ今考えた話だから 参考:2007/09/24(月)04時08分46秒