2005/06/11 (土) 12:02:36        [qwerty]
アバンギャルド
avant‐garde
【音楽】【舞踊】【映画】[理論と手法][反響と影響][アバンギャルド映画のその後]
[アバンギャルドと商業映画]⇒関連項目
〈前衛〉の意。元来はフランスの軍隊用語で,
本隊に先がけて敵陣を偵察し奇襲する精鋭の小部隊。次いで政治に転用されて,大衆の自然
発生的反抗を目的意識的な体制変革へと組織る,革命運動の指導部ないし革命政党の意。さ
らに芸術に転じて,因襲や社会通念を打破し未知の表現を切り開こうとする,芸術上の実験
や冒険をさす。アバンギャルドとは,一般にこの前衛芸術のことをいう。 その源流はラン
ボー,ロートレアモン,ネルバルら,社会から疎外される不幸を現実から自由な想像力の起
点に転じた,19世紀の〈呪われた詩人たち〉,ベル・エポックに文明の終末と人類の黙示
録的解放をうたったアポリネールや,精神生活二等辺三角形のうち,孤独な頂点にいる芸術
家は〈精神の内的必然性〉に従えば,底辺にる大衆の未来の生活感情を先取りできると説い
たカンディンスキーの著書《芸術における精的なもの》(1912)をはじめ,20世紀初
頭のフォービスム,キュビスム,表現主義,未来主義シュプレマティズム,構成主義などの
芸術運動には,この概念がすでに潜在していといえる。だが,第1次大戦中におこったダダ
は,嫌悪と自発性を原理として,芸術のタブ・ラサ(白紙状態)への還元を求め,あらゆる
物体や行為も芸術作品たりうることを立証したで,カンディンスキーの精神の三角形を逆立
ちさせた観がある。事実,前衛芸術の概念が及したのは,ブルジョア社会の破局があらわに
なった第1次大戦以後で,抽象芸術とシュルアリスムがその二大潮流を形づくったほか,プ
ルースト,ジョイス,A. V. ウルフ,A. ハクリー,カフカ,ピランデロ,ドス・
パソスらの文学も,先鋭な方法的実験によって注目さた。反面,革命精神も流派や様式とし
て実体化されると,モダニズムの風潮に飲みまれがちで,ロシア革命後ソ連のプロレトクリ
トの運動や,資本主義諸国のプロレタリア芸運動は,その点を厳しく批判したから,〈革命
の芸術と芸術の革命〉〈政治の前衛と芸術の衛〉の統一が絶えず求められた。だが,ソ連で
はスターリンの支配体制が完成した1930年代頭,芸術諸団体の解散とジャンル別単一組
織への再編が共産党によって決定され,社会主義アリズムが創作と批評の基本方法として公
認されたため,20年代にめざましかった前衛術はタブーとなり,メイエルホリド,パステ
ルナーク,エイゼンシテイン,マレービチらは清されるか,沈黙を強いられた。他方,ヒト
ラー政権下のドイツでは,前衛芸術を文化ボシェビキ,ユダヤ的毒性の産物としてさらしも
のにする,〈退廃芸術展〉のキャンペーンが地でつづけられたことも忘れられない。 第2
次大戦後の前衛芸術は,ネオ・ダダ,反芸術,カウンター・カルチャー(対抗文化)などの
観念と結びついて,いっそう広範な階層にまで透し,抽象表現主義,アンフォルメル,ポッ
プ・アート,オップ・アート,ミニマル・アト,ライト・アート,キネティック・アート,
概念芸術(コンセプチュアル・アート)などの術潮流,ヌーボー・ロマン,不条理劇,アン
ダーグラウンド演劇(前衛劇),プライベート映などがめまぐるしく盛衰した。だが,それ
らは多くマス・メディアと最新のテクノロジー支えられて,やすやすと大衆社会に受容され
,体制内に統合されて,異端や反逆としてのをもぎ取られてしまう。日本では60年代の末
,宮川淳が,多様な〈反芸術〉も制度としての術を少しも変えなかったばかりか,〈芸術の
消滅不可能性〉を逆説的に証明した,と指摘たが,大阪万国博(1970)に多くの前衛芸
術家が動員されたのが,その象徴となった。こうし70年以降は,イタリアの〈トランス・
アバングアルディア trans‐avanguardia(超前)〉をはじめ,前衛芸術
の概念への不信と批判が国際的に高まり,ブラジルの評論家フェイラ・グラールの著書《前
衛と低開発》のように,西欧の前衛芸術がロン主義以来の脱出願望を引き継ぐ以上,第三世
界の現実に機械的に導入しても不毛だ,とい批判も起こっている。ただ前衛概念はすでに現
代芸術の創造の論理と化しているため,概念け否定しても実質は容易に乗り越えられないよ
うだ。⇒前衛劇∥前衛写真      針生一郎