2008/04/29 (火) 10:02:54 ◆ ▼ ◇ [qwerty]「空気読め」とか「KY」とかが流行語になっている事からして「最近の若者
の間では空気が大事になってきている」とか言う人がいるけど違うと思う。
ハリーポッターではヴォルデモートの名前は皆恐れて口にしないし、もっと
真面目にはキリスト教徒だってめったに神の名前を呼んだりはしない。
同様に、本当に「空気」が恐れられていた時はその事をおいそれと口にし
なかったように思う。
そういうロジカルで無い議論はともかくとしても、そもそも「空気」とか
名前をつけなきゃならなくなった時点で、それはあたりまえではなくなった
という事だし、他の名前の付いたものと同様相対化されてしまったという
ことだ。誰もが空気を読んでいれば「空気読め」なんて言う必要は無いわけ
で、「空気読め」と言わなきゃならないのは昔にくらべて空気を読もうと
しない人が増えてきたからだろう。
アメリカで「ポリティカルコレクトネス」という名前がそれに与えられた
時が、そういう過剰なポリティカルコレクトネスの終わりのはじまりだった
という話にも似ている。
つまり我々が見ているのはむしろ「空気」の終わりの始まりだと思う。