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2006/05/14 (日) 11:02:44        [qwerty]
しかしこうした現象は、日本だけのことではないと思います。経
済が停滞し、若年失業率が上がり、新自由主義が台頭して、非正
規雇用が増え、政治がワイドショー化し、右派団体が台頭したとい
う現象は、70年代から80年代に欧米諸国が経験したことです。日本
は20年遅れでそれを経験しているだけだといえるかもしれません。
もちろん欧米諸国と日本では、違いもあります。その一つは、日
本は移民が少ないので、右派団体が移民排斥を掲げるという形をと
らず、歴史問題などを掲げて台頭したことでしょう。
また日本の右派や保守派をみて思うことは、思想的な核がないと
いうことです。「つくる会」の幹部も一般参加者も各人の考えはぱ
らぱらで、「アンチ左派」という一点で結びついているだけです。
だからすぐに脱退や分裂騒動がおきてしまう。しかも彼らが批判す
る「サヨク」も、彼らが実情もよく知らずに思い込みで作った幻想
だったりすることも多い。
ただし日本の保守に思想的な核がないのは、今に始まったことで
はない。これは日本の近代化のあり方に関係していると思います。
他国の保守、例えばアメリカなら、経済を含めた自由主義思想が
保守派の核です。またヨーロッパなら、貴族やブルジョア層の思想
というか生活様式が、保守派の核だった。しかし日本では、下級武
士の起こした明治維新以来、政府主導で文明開化が進められた。だ
から上層貴族の生活様式も、自由主義経済思想も、保守の思想的核
になりえなかった。
こういう違いは、保守派の行動の相違にも表れています。例えば
ヨーロッパの環境保護運動は、貴族たちが狩りをする森を守ろうと
するなど、歴史的には保守層から始まっています。一方で日本の自
民党は保守政党と言われますが、乱開発で自然を破壊してきたあの
政党がいったい何を「保守」してきたのでしょうか。政治家が自分
の利権を「保守」してきた政党だというならわかりますが。
また戦後日本の代表的な保守論者といわれる小泉信三や田中美知
太郎、福田恆存なども、各人の思想はばらばらで、共通性は,「左派
嫌い」という以外に何もありません。だから戦後日本の保守論者が
やってきたことは、「左派の主張は非現実的だ」といった左派批判
がほとんどだったと思います。
それでも戦前から戦後のある時期まで、日本の保守にも天皇とい
う核が一応ありました。ところが「つくる会」では、会の大部分で
ある戦後生まれの人たちは天皇にさして関心がない。そのため、相
変わらず歴史問題などで「サヨク批判」をしたり、「伝統」とか
「武士道」とか各自が勝手に「これが日本らしさ」と思うものをた
たえることしかできないでいる。

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