コンビニでは「しっとりのり」と「パリパリのり」の二種類のおにぎりが売ら
れているが、知世ちゃんはどちらが好きだろうか。どちらかというと、「しっ
とり」が好きなのではないだろうか。朝家を出てからその問題が気になって仕
事が全く手につかなかった私は、帰宅後知世ちゃんに尋ねてみた。私は知世ちゃ
んが「大道寺家」の娘であることを忘れていた。知世ちゃんはコンビニで売っ
ているおにぎりなど食べたことがなかった。彼女は、おにぎりという食べ物は、
遠足や運動会の時に食べる行事食であり、この食品を、炊飯器に残った御飯を
処理する時や、食事を作るのが面倒な時に食すという貧乏人の風習など全く知
らなかったのだ。私は知世ちゃんにおにぎりに関する一般知識や蘊蓄を語って
聞かせた。育ちが良く物識りであるに拘わらず世間知らずの良い彼女に、下卑
た知識を植え込む罪悪と陶酔に酔いながら、雨に濡れた石畳を踏みしめ、最寄
りのコンビニへと向かった。二人でいくつかのおにぎりを買った。彼女は、
「ツナマヨネーズ」「ソースうなぎ」「ピザ」などと書かれたおにぎりを、信
じられないといった様子で眺めていた。