2000/07/03 (月) 17:41:50 ▼ ◇ [mirai]■為替には「売り」「買い」という言葉がある。日本ではその二語だが、英語では「エクスチェ
ンジ」の一語で済ましている。というような話を今朝、本で読んだ。売買という言葉よりも為替
の本質を突いているようで面白いと思った。主体も客体もなく、ただ行為を記述している感じが
心地良い。■ちなみに「売る」も「買う」も元をただせば語源は同じだという。これはさっき読
んだ別の本に書いてあった。「交(か)う」に端を発する同じ行為を表す言葉だったそうだ。こ
れは日本だけのことではなくて、たいていの言語で同じことが言えるのだとか。考えてみれば言
葉はあっても貨幣がない時代には、売買とはつまり交換のことであったわけだから当然のことと
も言える。■あやふやな概念を明確にするのに言葉は便利だ。言葉の数が多ければ複雑なコミニ
ュケーションも円滑に進む。ただ、言葉というのはあくまでも鏡にすぎない。しかもそれは曇っ
ていたり、ときには屈折したりもする。おまけに左右は逆転してるし。言葉に頼りすぎて本質を
忘れてしまったり、言葉で本心と逆のことを言ったりすることがよくある。困ったものだ。だか
ら僕は考えるのも話すのも、よく面倒くさくなる。■だけど、言葉を使わないと思考を形にする
ことも、気持ちを相手に伝えることもできないので、やっぱり今日も言葉に溺れている。■違う
ジャンルの本で、「売買」に関する記述を1日に続けて出くわすのも珍しい。シンクロニシティ
か。とか思ったら、今日読んださらに別の本では、シンクロニシティなんてエセ科学だという記
述があった。さる懐疑論者の本。僕はべつに懐疑論者でも原理主義者でもニューサイエンス信奉
者でもなんでもない。ただ、すべてのことに関してニュートラルなスタンスを取っていたい、と
は思う。それは無関心とはまた違うのだが、端からみるとただ止まっているだけのようにも見え
る。同じ止まっているという状態でも、エンジンがかかっているか、かかっていないかでは大き
な違いがある。■「シンクロニシティのシンクロニシティだ。わー面白い」と思ったことを簡単
に書こうとしたらこんなに長くなってしまった。■今日は朝からずっと雨が降っていた。