2000/07/05 (水) 04:16:38 ▼ ◇ [mirai] 常に冷静沈着な判断と行動をモットーとしていたレオナールも、さすがに母親の死に
直面したときには平常心ではいられなかった。なまじロンウェー公爵の右腕としてかわ
いがられていたため、彼の母親はアルモリカ城に身をおいていた。そこへ攻め込んだ
ガルガスタンの兵に殺されてしまったのだ。
ウォルスタ人が息を潜めて生活するヴァレリアの中では最も安全だと思われていたア
ルモリカ城での母親の死。自分の出兵中に城を攻められたため、強固な敵の包囲網を
突破できず、歯がゆい思いで城からの煙を眺めるしかなかった。母親を含め、多くのウ
ォルスタ人は殺害され、ロンウェー公爵は囚われの身となってしまった。無力な自分を
ふがいなく思い、激しい自責の念にとらわれてはいたが、決して兵の前では弱い部分
を見せる事はできない。人知れずタインマウスの丘に登り、母を弔う花を摘みながら涙を
こぼすレオナールの姿があった。
タインマウスの丘は背の低い草地に覆われたなだらかな丘である。障害物が少ない
のでアロセールにとっては弓の練習の場であった。両親をガルガスタン軍によって殺さ
れて以来、彼女は復讐に燃え自ら武器を手にするようになっていたのだ。
優秀な戦士である兄は妹が武装することに難色を示していたが、勝ち気な彼女はガ
ンとして意見を受け入れない。自分の手で敵を討とうと、人知れず訓練を続けていた。
ある日、彼女がいつものように丘で弓を引くと、標的代わりにしていたトチの木の影か
ら声が聞こえてきた。
「誰だっ! 危ないじゃないか!!」
それがレオナールとアロセールの最初の出会いである。あまり素直でない彼女は非
礼をわびずに怒り出した。
「あなたこそ、こんな所でなにしてるのよ! 昼間っから暇をつぶしてるなんてたいそうな
ご身分ね!!」
「・・・花を摘んでいたんだよ。トチの花をね。」
トチの木は山の斜面や湖畔に生える落葉高木である。このあたりの地域では白竜の
月に咲く白い花が死者を弔うときに用いられていた。つい最近摘んだ経験のあるアロセ
ールはレオナールの行動を察した。
「そう・・・ごめんなさい、私が悪かったわ。」
二人はこの日の出来事がきっかけで言葉を交わすようになった。
正直言って初めのうちはレオナールにとってアロセールはそれほど大切な女性では
なかった。あまりにも攻撃的な彼女の性格はつらい過去と若さが拍車をかけているの
か、非常に辛辣にロンウェー公爵とアルモリカの騎士団をけなすことも多かったのだ。し
かし幸いにして彼は彼女よりいくらか大人だった。彼女の内に秘めた寂しさや不安を察
することができ、その弱さや未熟さが愛しいと思うようになっていったようである。彼女も、
不器用な表現しかできない自分を受けとめられるレオナールに強く惹かれる。二人の
仲は急速に深まっていった。
アルモリカ騎士団の要として激務に耐えるレオナールの唯一の癒しはアロセールとの
逢瀬であった。アロセールもまたレオナールの存在が、殺伐としたゲリラ活動を続けら
れた原動力になっていた。しかし戦局はめまぐるしく変化する。アロセールの所属する
部隊は彼女の兄をはじめとした多くの同志を奪われ、その活動範囲を縮めざるを得なく
なった。しかしウォルスタ全体の勢力はゴリアテの英雄を迎え入れ、明るい兆しを取り戻
しつつあった。
デニムの出現は二人の恋人にとっては喜ばしい出来事とは言い切れないかもしれな
い。自軍の好機をロンウェー公爵は、非情な策を実行するために利用したのだ。レオナ
ールは誰にも話せない密命を受けて重い足をバルマムッサへと運ぶことになるのであ
る。彼の地には愛する女性の兄がいる。自分の行為を彼女が受け入れることはできな
いだろう。レオナールは彼女の若さを初めて本気で恨めしいと感じた。
タインマウスの丘では来年もトチの木に美しい花が咲くことだろう。それが誰かの安ら
かなる眠りを願う手向けとはならないことを祈るばかりである。