投稿者:おふう 2000/08/27 (日) 23:44:22      [mirai]
【栞】「…え?」
栞の小さな手を引っ張って、いつも通っているはずの校門を越える。
【栞】「わっ。だ、ダメですよー」
【祐一】「どうせ誰も居ないから大丈夫だって」
【栞】「でも、もし見つかったら怒られますよー」
【祐一】「その時は走って逃げる」
【栞】「私、走るの速くないですよー」
【祐一】「その時は俺がおんぶして逃げてやる」
【栞】「…ホントですか?」
【祐一】「あんまり重いと無理だけど」
【栞】「わ。失礼ですよー。私そんなに重くないですー」
【祐一】「だったら、大丈夫だ」
【栞】「……」
【祐一】「ちょっと校舎の中を歩くくらい問題ないだろ?」
【栞】「…そうですね。分かりました」
【祐一】「よし、じゃあ、日が暮れる前に行くぞ」
【栞】「はい」
複雑な表情で校舎を見つめる栞を促して、開いていた昇降口から中に入る。
【祐一】「本当に誰もいないな…」
【栞】「そうですね…」
こつこつとリノリウムの床を叩く音だけが長い廊下に響いていた。
生徒はもちろん、先生の姿さえ校舎の中にはなかった。
【祐一】「残ってる先生は、全員明日の準備で体育館の方に行ってるんだろうな」
【栞】「見つからなくて済みそうですね」
【祐一】「俺は別に見つかってもいいけど」
【栞】「私は良くないです」
【祐一】「そうだよな」
ふたり分の足音を残しながら、廊下をただ歩く。
やがて、栞がひとつの教室の前で足を止めた。
【祐一】「ここは…1年生の教室か…」
【栞】「……」
開いたドアから教室の中をじっと見つめていた栞が、こくんと頷く。
そして、誘われるように教室の中へと入っていく。
ゆっくりと、本当にゆっくりと…。
まるでそこが思い出の場所でもあるかのように、栞が教室を歩く。
【栞】「……」
教室の中程で足を止める。
【栞】「ここが私の席…」
しかし、その机からは乱雑に中身がはみ出していて、とても女の子の机には見えなかった。
【栞】「今は、違いますけどね」
教室に入ってから、初めて栞が俺の方を向く。
【栞】「1学期の始業式の日」
【栞】「ひとつ前の席の女の子に、思い切って話しかけたんです」
【栞】「私もひとりだから、これから友達になろうって…」
【栞】「そう…言ったのに…」
【栞】「その子…喜んでくれてたのに…」
【祐一】「栞のこと、ずっと気にかけてくれてたみたいだぞ、その子」
【栞】「…え?」
驚いたように、栞が俺の顔を見上げる。
【祐一】「偶然会ったんだ、その女の子と」
【栞】「…そうですか」
すぐに視線を外して、また教室の中を歩き始める。
【栞】「…祐一さんの席はどこですか?」
【祐一】「俺の座ってる場所か?」
【栞】「はい」
【祐一】「俺は…」
コツコツと床を鳴らしながら、窓際の後ろの席まで歩く。
【祐一】「ここだ」
一番窓側の、後ろから2番目の席。
2階と3階の違いはあるけど、同じ場所だ。
【栞】「……」
椅子を引いて、その席に座る。
そして、四角い窓から、外の風景を眺める。
【栞】「これが、祐一さんの見ていた風景なんですね…」
【祐一】「ここは3階だから、ちょっと見えるものが違うけどな」
【栞】「大丈夫ですよ…」
【栞】「この空は、祐一さんと同じですから」
差し込む光に目を細めながら、どこまでも広がる空の風景を仰ぐ。
絶えず姿を変えながら、どこまでも流れていく雲のかけらを、雪のように白い肌の少女がただじっと眺めていた。