投稿者:おふう 2000/08/27 (日) 23:54:15 ▼ ◇ [mirai]言い残して、俺は夜の街に飛び出した。
あてがあるわけではなかった。
ただ、じっとしていたくなかった。
容赦のない冬の風。
真正面から吹き荒ぶ透明で冷たい風。
…雪が降ると吹雪だな。
澄んだ空。
光を散りばめた空。
思いつく限りの場所を、ただ歩く。
栞と初めて出会った場所…。
栞と毎日顔を合わせた場所…。
栞と一緒に歩いた場所…。
そして、栞と最後に会った場所…。
【栞】「ここは、夜の方が綺麗ですよね」
四方を取り囲む街灯のオレンジに照らされて、一人の少女が微笑んでいた。
地面に落ちる半透明の影が、少女を中心に四方に伸びている。
【祐一】「俺は寒いから昼の方がいいな」
【栞】「残念です」
穏やかな表情のまま、くるっと俺に背中を向ける。
その前方には、光を浴びて輝く噴水が以前と同じ佇まいを見せていた。
【栞】「…噴水、こんな時間でもちゃんと動いているんですね」
【祐一】「止めたら凍るからな」
【栞】「あ…それでなんですね」
【祐一】「噴水は、見てると余計に寒くなるから嫌いなんだけど…」
【祐一】「どこかに栓とかないか?」
【栞】「そんなのないですよ」
【栞】「あっても、止めたらダメです」
【祐一】「……」
【栞】「こんなに綺麗なんですから、見ていたいじゃないですか…」
【栞】「…ずっと、ずっと」
【祐一】「……」
いつの間にか、上空の風は穏やかなものに変わっていた。
肌をそよぐ風が、少女の短い髪を揺らす。
ストールの裾を手でなでつけながら、少女はただ闇の中で立っていた。
止まることのない水面を見つめながら、流れる風に身を任せながら。
やがて、ゆっくりと水の音が小さくなる。
中央の大きな水柱が消え、周りを取り巻く小さな噴水から新たな水の柱が幾つもの光をまとって水面を揺らす。
穏やかに、優しく…。
【栞】「祐一さん」
静寂の闇の中で、不意に俺の名前を呼ぶ。
真夜中の公園で、逆光に照らされた俺のシルエットを見つめながら。
【祐一】「……」
【栞】「…えっと」
一度言葉を止め、自分の心の中の葛藤を押し込めるように、もう一度強く俺の名前を呼ぶ。
【栞】「祐一さんには、謝らなければいけないことがたくさんあります」
【祐一】「……」
【栞】「そして、感謝しなければいけないことも、たくさん、たくさん…」
表情は分からなかった。
そして、あえて抑揚を抑えたような声。
【祐一】「立ち話もなんだし、そっちに行ってもいいか?」
【栞】「…はい」
頷く栞は、俯いたまま背中を向ける。
俺は栞の背中を追いかけるように、噴水に向かって歩を進める。
【祐一】「座ろうか」
【栞】「……」
今度は無言で頷く。
背中を押すように、ゆっくりと少女の体に手のひらを重ねる。
栞は促されるまま、噴水の縁に腰を下ろす。
いつかの光景と同じように、俺もその横に座る。
ちょうどその時、止まっていた噴水が勢いよく水を吹き上げる。
静かな空間を揺らす水の音。
飛沫がコンクリートを濡らす。
【栞】「…寒いですね」
【祐一】「栞は、寒いの得意だろ?」
【栞】「得意じゃないです」
【祐一】「そうか? いつもアイスクリーム食べてただろ」
【栞】「アイスクリームは好きです」
一度、間を空ける。
【栞】「でも、この季節に食べるものではないです」
【祐一】「そうだろうな」
【栞】「もっと暖かくなってから、食べたかったですよね…」
淡々と紡ぐ言葉。
『あと1週間で、あの子の誕生日』
『次の誕生日まで生きられないだろうと言われた』
『…あの子の誕生日』
【祐一】「…話してくれるのか?」
【栞】「…はい」