> 2000/08/31 (木) 01:12:40 ▼ ◇ [mirai]そして。
「……病状が悪化……?」
私は、ここまで来るとちょっと信じられないという気持ちを抑えきれず、疑問を多々含んだ口調で先生の方を見つめる。
ただでさえ積み重なり事はありえないような偶然がまとまってきているような先生の話に、さらに付け加えられるこの言葉に対して、私の
口調は自然とそういうものにならざるを得なかった。
「ああ。月宮さんの容態はここ二日ほどで急速に悪化している。今までは安定していた。もっともこの意味は、悪くもならないが、よくなる
兆候も見えないということなのだけれど、とにかくそう言う感じだったのだがね……」
ここ二日ほどというと、私が相沢君を殴ったあの日辺りだった。
先生によると月宮さんの容態はあの日以来、各数値が降下の一途をたどっているらしい。つまり……。
「脳死状態になる可能性がある、ということですか」
私の言葉に先生は深く頷いた。表情はでもやはり微妙な物だった。
「そうなんだ。もちろんそう断定できるわけではない。ただ、今までの数値などを見てみると、そう言う可能性が高いんだ」
脳死状態になって、その段階で初めて移植という行為は現実味を持つ。そしてその可能性が高いということだった。
「本当は、こういうことはしてはいけないし、言ってはいけないことなんだろう。ドナーとレシピエントの家族があらかじめ会っているという事
態は基本的に避けなければならないからね。だが、今回の場合は状況が状況だ。君にもしっかりと話しておこうと思ったんだ」
「そうですか……」
先生の独断であることは、顔を見ていれば明らかだった。先生は自分の首をかけて、このことを私に話してくれているのだ。
先生には昔からお世話になっていた。先生は、誰よりも栞のことで苦しんだ人の一人に違いなかった。
「このことを栞には……」
どうしても聞かないといけない言葉。
それを私は、ごく自然に口にした。
「うん、そのことなんだがね。君から話して欲しいんだ」
「私から、ですか……?」
「うん。栞ちゃんの病体は今は安定しているが、いつどうなるか、正直言って全く予断を許さないんだ。だから、このことを希望に、望みに
して頑張って欲しいんだ。病は気から、などと医師である私が言ってはいけないのかもしれないが、でもそういうところがあるのも間違いの
ないことなんだ。ただ、どういう時期にこれを話すのが適当なのかは、きっと君が一番よくわかってくれると思うんだ」
私は大きく頷いた。
先生のおっしゃられることは、間違いない。私が今、一番栞のことをわかってあげられる自身がある。彼女にどう話すべきか、私はもうい
くつかの方法を考えていた。
「わかりました。一両日中には、妹に話します」
「うん、お願いするよ。ただし、一つだけ。あゆさんが必ずしも……」
「わかっています、先生。心配しないで下さい」
私のいわんとすることをくみ取ったのだろう、先生は、納得したように頷く。
それを合図に、私も立ち上がり、部屋の出口へと歩む。
入るときとは全く違う、新しい可能性を秘めている私の胸はでも、どこか暗く沈んでいた。
どこがそれを引き起こしているのか、それがよくわからないままで。
私の口は、自然と一つの疑問を、先生に投げかけていた。
「先生」
「なんだい、香里ちゃん?」
「……月宮さんって、どういう方なんですか……?」
参考:2000/08/31(木)01時09分51秒