投稿者: 2000/10/23 (月) 01:27:03 ▼ ◇ [mirai]焼けたアスファルトに最初の一歩を踏み出したとき、
「よう」
突然、見知らぬ少年に声をかけられた。
日に焼けた肌、短い髪。
真っ白なTシャツにジーンズのショートパンツ、素足にシューズ。
Tシャツの白が陽射しにまぶしかった。
誰だろう、地元の子だろうか。
「お前、コーイチだろ?」
いきなりなんだ、と思ったが、なによりもまず『なめられてたまるか』という気持ちが先に立った。
「だったらなんだよ?」
耕一は真っ直ぐ相手をにらんで答えた。
年下……だと思う。
体はこっちのほうが大きいが、向こうはそれを気にしてる様子はない。
運動神経が良さそうで、なんとなくケンカ慣れしてる感じがする。
とにかく、生意気だと思った。
「出かけんのか?」
馴れ馴れしさにムッとしつつも、耕一は、
「ああ」
と、素っ気なく答えるだけは答えた。
「どこ行くんだ?」
「あの山」
「歩いてか?」
「ああ」
「へえ」
少年はにんまり笑った。
小馬鹿にしたような、やっぱり生意気な笑い方だった。
ふん。
おかしなやつにつきあってる暇はない。
耕一は無視して先を急ぐことにした。
「待てよ」
少年がそれを呼び止めた。
「歩くと結構時間かかるぜ。見た目より遠いんだ。チャリで行けよ、貸してやっから」
言うと、少年は当然のように柏木家の門をくぐり、中へ入っていく。
「……お前、もしかして、この家の者(もん)か?」
「そうだよ」
なんだ。
ってことは、こいつも俺のいとこなのか。
初めて知った。
へえ、こんな年の近いヤツがいたんだ。
父はあまりこっちの家のことを話さない。
この少年のことも、さっき紹介されたふたりの女の子たちのことも、ここへ来て初めて知った。
下の女の子たちはまだ小さくて、耕一の遊び相手としては不釣り合いだった。
でも年が近いこいつとなら──まあ、生意気なのはちょっと問題だが──もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
少年は、門の内側に置かれている自転車のうち一台を指差して言った。
「これ貸してやるよ。おれの」
銀色の自転車だった。
普段の扱いが乱暴なのか所々痛んではいたが、まあ、ぜいたくは言えない。
「さんきゅ」
礼を言い、耕一はハンドルを握った。
見ると、自転車の前かごに小さなリールのついた釣り竿が入っている。
「この竿……」
「ああ。それ、てきとーに置いといていいよ」
「魚、釣れるのか? この辺」
「そりゃ釣れるさ。海でも川でも」
「へえ……」
釣り竿を握る耕一を見て、少年は、にっ、と笑った。
「お前、釣りしたことあるか?」
「あるよ」
あるにはあるが、ずいぶん昔だ。
まだ小さいころ、父親に連れていってもらったことがある。
そのとき一回きりだが、釣りをした経験があるのは事実だ。
「なに釣った?」
「え? ……魚」
「ハハハ、そりゃ魚に決まってるだろ、バーカ」
カチンときた。
だが少年は悪びれたふうもなく微笑むと、
「釣りしたい?」
耕一の顔をのぞき込んでそう言った。
無邪気な笑顔だった。
「え? あ、まあ……」
正直、胸が高鳴った。
「じゃあ、させてやる」
少年はガレージの中からもう一本の釣り竿を持ってきて、白い自転車のかごに放り込んだ。
足もとに転がっていたプラスチック製のバケツを取り、取っ手をハンドルに通す。
「ついてこいよ」
少年はペダルに足をかけ、自転車にまたがった。
大きめの自転車を器用にこいで、アスファルトの路上に滑り出す。
耕一も銀色の自転車にまたがり、ペダルを蹴った。