投稿者:   2000/10/23 (月) 01:27:03      [mirai]
焼けたアスファルトに最初の一歩を踏み出したとき、
「よう」
 突然、見知らぬ少年に声をかけられた。
 日に焼けた肌、短い髪。
 真っ白なTシャツにジーンズのショートパンツ、素足にシューズ。
 Tシャツの白が陽射しにまぶしかった。
 誰だろう、地元の子だろうか。
「お前、コーイチだろ?」
 いきなりなんだ、と思ったが、なによりもまず『なめられてたまるか』という気持ちが先に立った。
「だったらなんだよ?」
 耕一は真っ直ぐ相手をにらんで答えた。
 年下……だと思う。
 体はこっちのほうが大きいが、向こうはそれを気にしてる様子はない。
 運動神経が良さそうで、なんとなくケンカ慣れしてる感じがする。
 とにかく、生意気だと思った。
「出かけんのか?」
 馴れ馴れしさにムッとしつつも、耕一は、
「ああ」
 と、素っ気なく答えるだけは答えた。
「どこ行くんだ?」
「あの山」
「歩いてか?」
「ああ」
「へえ」
 少年はにんまり笑った。
 小馬鹿にしたような、やっぱり生意気な笑い方だった。
 ふん。
 おかしなやつにつきあってる暇はない。
 耕一は無視して先を急ぐことにした。
「待てよ」
 少年がそれを呼び止めた。
「歩くと結構時間かかるぜ。見た目より遠いんだ。チャリで行けよ、貸してやっから」
 言うと、少年は当然のように柏木家の門をくぐり、中へ入っていく。
「……お前、もしかして、この家の者(もん)か?」
「そうだよ」
 なんだ。
 ってことは、こいつも俺のいとこなのか。
 初めて知った。
 へえ、こんな年の近いヤツがいたんだ。
 父はあまりこっちの家のことを話さない。
 この少年のことも、さっき紹介されたふたりの女の子たちのことも、ここへ来て初めて知った。
 下の女の子たちはまだ小さくて、耕一の遊び相手としては不釣り合いだった。
 でも年が近いこいつとなら──まあ、生意気なのはちょっと問題だが──もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
 少年は、門の内側に置かれている自転車のうち一台を指差して言った。
「これ貸してやるよ。おれの」
 銀色の自転車だった。
 普段の扱いが乱暴なのか所々痛んではいたが、まあ、ぜいたくは言えない。
「さんきゅ」
 礼を言い、耕一はハンドルを握った。
 見ると、自転車の前かごに小さなリールのついた釣り竿が入っている。
「この竿……」
「ああ。それ、てきとーに置いといていいよ」
「魚、釣れるのか? この辺」
「そりゃ釣れるさ。海でも川でも」
「へえ……」
 釣り竿を握る耕一を見て、少年は、にっ、と笑った。
「お前、釣りしたことあるか?」
「あるよ」
 あるにはあるが、ずいぶん昔だ。
 まだ小さいころ、父親に連れていってもらったことがある。
 そのとき一回きりだが、釣りをした経験があるのは事実だ。
「なに釣った?」
「え? ……魚」
「ハハハ、そりゃ魚に決まってるだろ、バーカ」
 カチンときた。
 だが少年は悪びれたふうもなく微笑むと、
「釣りしたい?」
 耕一の顔をのぞき込んでそう言った。
 無邪気な笑顔だった。
「え? あ、まあ……」
 正直、胸が高鳴った。
「じゃあ、させてやる」
 少年はガレージの中からもう一本の釣り竿を持ってきて、白い自転車のかごに放り込んだ。
 足もとに転がっていたプラスチック製のバケツを取り、取っ手をハンドルに通す。
「ついてこいよ」
 少年はペダルに足をかけ、自転車にまたがった。
 大きめの自転車を器用にこいで、アスファルトの路上に滑り出す。
 耕一も銀色の自転車にまたがり、ペダルを蹴った。