投稿者: 2000/10/23 (月) 01:27:56 ▼ ◇ [mirai]川沿いの道を歩く。
陽射しを浴びた水面がまぶしく輝いていた。
流れる水は澄んでいて、底まではっきり見える。
そのまま飲んでも良さそうなほどだ。
しばらく歩いた辺りで、少年が脇道の林の中を指さし、言った。
「おい、見ろよ、あそこ」
耕一は見た。
だが、普通に木があるだけだ。
「なんだ?」
少年は一本の木に歩み寄り、その上を指差した。
「クワがいるだろ?」
「クワ?」
木を見上げ、目を凝らして、わかった。
クワガタだ。
「ほんとだ、すげえ」
店で売ってる以外のクワガタを耕一は初めて見た。
「ノコだぜ、大物だ」
おそらくノコギリクワガタのことだろう。
耕一の一番好きなクワガタだ。
「捕まえるか?」
耕一が言うと、
「………」
少年は見上げたまま少し考えて、
「無理だ、上すぎる。『たも』があっても届かねーよ」
残念そうに言った。
耕一も『たも』が網のことだというくらいは知っていた。
「くっそ~、もったいね~」
「………」
わずかに悩んで、耕一は、
「よし」
決心した。
「あ、おい」
耕一は木を登り始めた。
木登りはわりと得意なほうだった。
足場もあるし、そう登りにくい木でもない、いける。
耕一は登った。
純粋にクワガタを捕まえたいという気持ちと、それ以上に自分の力を少年に見せておきたいという気持ちがあった。
「落ちんなよ!」
少年の声がずいぶん下から聞こえる。
だが、振り向かない。
気がつけば、手の届く距離にクワガタがいた。
耕一は手を伸ばした。
その瞬間。
ブブブ──。
クワガタは羽を広げて飛んでいってしまった。
「ちくしょう!」
一瞬、木から飛んで捕まえそうになり、慌てて思いなおした。
こんなとこから落ちたらひとたまりもない。
「しょうがねーよ、降りてこい」
見ると、少年の姿は遙か下にあった。
夢中だったとはいえ、自分の登った高さに驚いた。
「ゆっくり降りろよ」
「わかってる」
登ったときの倍以上の時間を掛けて、耕一はゆっくりと木を降りた。
胸はどきどきしていたが、顔は、さもなんでもないふうを装った。
「お前、すげーな」
「何メートルぐらい登った、俺?」
「う~ん、5メートルぐらい」
感覚的には10メートルぐらい登ったような気がしたが、まあ、実際はそんなものかも知れない。
でもすごいことだ、我ながら思った。
「俺、都会のやつはもっと弱いと思ってた。でもお前はすげーな」
「このくらいなんでもないさ。でもおしかった。もう少しで捕まえれたのに」
「しょうがねーよ。今度『たも』持ってきて、捕まえようぜ」
「おう」
「行こうぜ、コーイチ。もうちょいだ」
少年が歩き始め、耕一も続いた。
「なあ」
「うん?」
「ところでお前、名前なんていうんだ?」
「おれか? 梓(あずさ)」
「かっこいいな」
「そうか?」
ふたりの間にちょっとした友情が芽生えていた。